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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11268号 判決 1999年5月26日

原告

中嶋勝寿

右訴訟代理人弁護士

大澤龍司

被告

キング商事株式会社

右代表者代表取締役

吉澤正夫

右訴訟代理人弁護士

斉藤勝俊

倉岡榮一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対して三九九八万五四七七円及びこれに対する平成一〇年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告から懲戒解雇された原告(被告取締役を兼務していた。)が、被告に対し、右懲戒解雇が無効であるとして、定年退職時までの賞与を含む未払賃金及び退職金の支払を求めるとともに、取締役としての役員報酬も未払であるとしてその支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告は、昭和二七年二月に設立され、コンピューター等に使用する出力用連続用紙の製造販売等を業としている会社であり、従業員約八〇名を擁し、大阪に本社をおくほか、東京、名古屋、長野にそれぞれ営業所を有している。

被告は、代表取締役社長吉澤正夫(以下「正夫」という)、代表取締役会長吉澤俊夫(以下「俊夫」という。)ら吉澤兄弟で経営されている、いわゆる同族会社である。

被告の従業員に対する賃金は、毎月二五日締切りで同月末日に支払われている。

2  原告は、昭和三六年七月一日、被告に雇用され、営業部門及び工場部門を中心として勤務してきた。この間、昭和四九年二月に取締役に就任し、それ以来、平成八年三月五日まで取締役を兼務してきた。

原告は、後述のとおり、被告から懲戒解雇の意思表示を受けたが、右の当時被告の第一営業部長の職にあり、被告から給与名目で月額五六万三八〇〇円の支給(ただし、これに役員報酬が含まれるかについては、後述のとおり争いがある。)を受けていた。

なお、原告は、平成九年一〇月六日、満六〇歳に達した。

3  被告は、原告の以下の所為が就業規則六一条一号及び七号に該当するとして、平成八年二月二六日、原告に対し、内容証明郵便で懲戒解雇の意思表示をし(以下「本件懲戒解雇」という)、右意思表示は同年三月五日、原告に到達した(<証拠略>)。

(一) 被告の許可を受けないで在籍のままで他の会社の取締役に就任してその業務に従事した。

(二) 被告の同年一月二四日付自宅待機命令及び同年二月二一日の事務引継ぎ等の業務命令に従わない。

4  被告は、同年三月七日、原告に対し、解雇予告手当として五六万三八〇〇円を支払ったが、同年四月分以降の賃金を支払っていない。

二  本件の争点

1  原告の未払賃金請求権の有無及び額

(一) 本件懲戒解雇が有効か否か(争点1)

(二) 本件懲戒解雇が有効でないとした場合、被告が原告に対し予告解雇の意思表示をしたか否か、及び、その意思表示が有効か否か(争点2)

(三) 本件懲戒解雇及び右予告解雇が無効であるとした場合、原告はいつ定年退職したことになるか(被告従業員の定年年齢は満五五歳又は六〇歳のいずれか。争点3)

(四) 未払賃金額(争点4)

2  原告に退職金請求権があるか否か及びその額(争点5)

3  原告に対する未払役員報酬の有無及び額(争点6)

第三当事者の主張

一  争点1(本件懲戒解雇の有効性)について

1  被告

(一) 懲戒解雇事由の存在

原告には、次のとおり、就業規則に規定する懲戒解雇事由に該当する行為があり、このため、被告は、原告に対し、本件懲戒解雇の意思表示をした。

原告は、右意思表示が到達した平成八年三月五日限りで被告の従業員たる地位を喪失した。

(1) 服務規律違背(就業規則六一条一号、二〇条)

ア 原告は、被告の相談役吉澤和夫(以下「和夫」という。)が被告会社と同一業種で競業関係にあるキング商事販売株式会社(現商号は「株式会社ヨシザワシステム」。以下「キング商事販売」という。)を設立するに当たり、俊夫及び正夫に対して事前に報告することなく、一〇〇万円を出資し、取締役に就任した(同二〇条一号)。

イ 原告は、キング商事販売のため、被告第一営業部員一三名に退職届を出すよう指示してこれをとりまとめ、また、部下に指示して被告会社の顧客情報の盗み出し及びキング商事販売のための新規顧客の手配を行わせた(同条一、三、五号)。

(2) 業務命令違背(同六一条七号)

ア 原告は、平成八年一月五日の営業会議に出席せず、部下に対しても出席しないよう指示するなどして営業会議開催を妨害した。

イ 原告は、上記会議欠席理由を問い質す社長正夫に対し、同人の指揮命令に従うつもりはないと反抗し職場秩序を乱した。

ウ 原告は、朝礼の際、正夫の社長訓示を妨害し、職場秩序を乱した。

エ 原告は、正夫に対し、職務上の連絡、報告、相談を意図的に怠り、また、部下に対しても正夫の指示を無視するよう指示した。

オ 被告が、平成八年一月二四日、文書をもって、原告の役職(第一営業部長)を解くとともに、懲戒処分としてではなく、業務命令として自宅待機と報告書の提出を命じたところ、原告は、書面による処分理由の明記を要求し、これに対する回答がないなどと主張して出社を強行し、報告書提出を怠った。

(二) 原告の主張に対する反論

(1) 原告は、第一営業部の分離、新会社設立による分社は被告の既定方針であり、原告の行為は、これに基づく準備行為ないし当然の展開として正当なものであったと主張するが、被告では分社を決議したことはないし、仮に分社が決議されたことがあるとしても、設立されるべき新会社の具体的な内容は未だ未定であり、平成八年に代表取締役交代があって方針変更も十分予想されるなかで、原告は、被告が主張するような服務規律違背や業務命令違反の行為を敢行しているのであって、本件懲戒解雇は相当である。

(2) 被(ママ)告は本件懲戒解雇の手続が相当でなかったと主張するが、被告では就業規則その他に懲戒手続についての特段の定めはなく、懲戒権の行使に際して、本人を召喚し、事前の面談を行うとの規定はない。

本件では、被告が主張する事実経過のもとで、原告を召還(ママ)し、面談を求めることが可能な状態ではなかったし、これを求めても無意味であることが客観的に明らかであり、かつ、雇用関係の継続を暫定的にでも許容できない緊急性があった。弁明の機会を与えることが被懲戒者の防御権の保障を意味するものであるとすれば、本件では、原告が被告の自宅待機命令に服従せず、右のような所為を敢行していたことからして、本件懲戒解雇がおよそ不意打ちといえるような状況でなかったことは明らかであって、被告が原告から防御の機会を奪ったことにはならない。

2  原告

懲戒解雇が有効であるためには、懲戒事由とされる事実が存在すること、当該事実が懲戒解雇に値する重大な事項が(ママ)あること、懲戒解雇を受ける従業員に十分な弁明の機会を与えるなど手続的にも公正かつ相当であることが必要であるところ、本件懲戒解雇はこのいずれをも満たしておらず、無効というべきである。

(一) 懲戒解雇事由該当事実について

被告が服務規律違背として主張する事実のうち、原告がキング商事販売の取締役に就任したこと、部下の退職届をとりまとめたこと、顧客リストのコピーを指示したこと(顧客情報の盗み出しではない。)は認める。

被告が業務命令違背として主張する事実のうち、原告が、営業会議に出席しなかったこと、被告から営業部長解任通知とともに自宅待機命令を受けたこと、右命令に反して原告が出社したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 懲戒解雇の相当性

(1) 被告では、吉澤一族で構成されるトップ会議で重要事項が決定され、その決定事項が取締役会に報告されて会社の方針とされてきた。

ところで、平成七年一二月一九日のトップ会議では、正夫が被告社長に就任すること、被告の第一営業部を分離させて新会社を設立すること、新会社社長には和夫が就任し、その代わりに同人は被告代表取締役から相談役に退き、被告の経営から手を引くことが決定され、同日開催された取締役会で右決定事項が報告された。

第一営業部長であった原告は、新会社の中核となるべき地位にあったことから、被告の決定した右方針に従って行動したのであり、原告がキング商事販売の取締役に就任したのも、その設立手続きの進展としてであって、被告ではこれを当然予想できたし、退職届のとりまとめや顧客情報のコピーも、被告が予定している新会社のために、新会社代表取締役就任が予定されていた和夫の指示に従って行ったものである。

また、原告が営業会議に出席しなかったのは、和夫から欠席を指示されていたからであり、自宅待機命令に対しては、原告から営業部長解任理由の明記を要望していたにもかかわらず、被告からはその回答がなかったため、出社したものである。

この間、右の新会社設立の方針が変更された事実は存しない。

右のとおり、原告は、被告の決定した方針に従って行動していたものであるところ、正夫が、新会社設立に反対していたため、原告の行動は正夫の意向に反することとなり、本件懲戒解雇を受けるに至ったというのが本件懲戒解雇の真の理由である。

原告同様、キング商事販売の取締役に就任した他の従業員(第一営業部次長長尾春(ママ)作及び同部第一課長山崎(ママ)尚巳)に対しては、懲戒解雇はなされていない。

原告が自認する行為は、懲戒事由に該当しないし、少なくとも懲戒解雇に付すほどの重大事由ではなく、本件懲戒解雇には相当性がない。

(2) 被告は本件懲戒解雇に先立ち、原告に何らの弁明の機会を与えておらず、この一事をもってしても、本件懲戒解雇には相当性がない。

二  争点2(予告解雇)について

1  被告

仮に、本件懲戒解雇が有効でないとしても、被告は、平成八年三月七日、原告に対し、予告手当を支給し、黙示に予告解雇の意思表示をした。

これにより、原告は、同日限り、被告の従業員たる地位を喪失した。

2  原告

被告が予告手当を支給したことは認めるが、それはあくまで本件懲戒解雇に伴うものとしてであって、予告解雇については黙示にもその意思表示をしたことはない。

三  争点3(被告従業員の定年年齢)について

1  被告

仮に、本件懲戒解雇及び予告解雇が有効でないとしても、被告の就業規則では従業員の定年は満五五歳となっており、原告は、平成四年一〇月六日で定年に達していたが、取締役を兼務していたため従業員としての地位も期間の定めのない雇用延長の扱いになっていたに過ぎない。原告は平成八年三月五日任期満了により取締役の地位を喪失したことにより従業員たる地位を喪失した。

したがって、それ以後の賃金は発生しない。

2  原告

被告の従業員の定年年齢は満六〇歳であるところ、原告は、平成九年一〇月六日満六〇歳の定年に達し、被告を退職した。

原告には、右定年までの賃金請求権がある。

四  争点4(未払賃金額)について

1  原告

(一) 原告の平成八年三月当時の賃金は五六万三八〇〇円であった。

なお、原告は、被告が支払った解雇予告手当を平成八年三月分の賃金に充当したので、同年四月分から原告が被告を定年退職した平成九年一〇月六日までの賃金が未払である。

(二) 被告は毎年四月に従業員の賃金の昇給をしている。これまでの実績によれば、原告については、平成八年四月及び平成九年四月に各六〇〇〇円の昇給がなされるはずであった。そうすると、

(1) 平成八年四月から平成九年三月までの未払賃金は月額五六万九八〇〇円であり、右期間の賃金合計は六八三万七六〇〇円である。

(2) 平成九年四月から原告が定年に達した同年一〇月六日までの賃金は、月額五七万五八〇〇円であり、右期間の賃金合計(平成九年九月二六日から同年一〇月六日までについては日割計算)は、三四五万四八〇〇円となる。

(3) 被告では、従業員に対し、毎年七月及び一二月に賞与が支給されていた。

原告については、右解雇前の実績に鑑み、次の賞与が支給されるはずであった。

ア 平成八年夏賞与 六〇万円

イ 平成八年冬賞与 八〇万円

ウ 平成九年夏賞与 六〇万円

(三) よって、未払賃金は、以上合計一二二九万二四〇〇円となる。

2  被告

(一) 仮に、取締役退任後も原告に被告従業員としての地位が残るとしても、原告が取締役に就任後、被告から支給されてきた給与には、取締役報酬あるいは取締役としての地位に伴う手当が含まれていたのであり、その全額が従業員としての賃金ではない。原告は、平成八年三月五日限りで取締役を退任している。

被告の従業員の基準内賃金は、年齢給、職務給及び役職手当の合計額であり、従業員兼務役員に対する支給額のうちの従業員としての賃金部分は、右基準内賃金の最高支給額を上限とし、これを超過する部分は取締役報酬及び手当である。

平成八年二月当時の被告の従業員の基準内賃金の最高支給額は四一万〇四〇〇円であり、原告の従業員としての賃金がこれを超えることはない。

(二) また、被告の従業員兼務役員の報酬体系は、従業員の給与体系とは異なるから、定期昇給ということはあり得ないし、従業員部分の賃金としてみた場合でも、年齢級(ママ)の定期昇給は満四〇歳を限度とし、また、過去の支給実績からみても満五五歳以上の従業員について昇給した例はない。

(三) さらに、被告では、業績悪化から、平成八年夏以降、役員及び従業員兼務役員については賞与は不支給となっている。原告が取締役を退任した後、仮に従業員のみの地位が残るとした場合でも、原告の場合は満五五歳の定年を越えた期間の定めのない雇用延長であるから、雇用契約内容は変更されているのであって、当然に従前同様の賞与請求権を有するものではないし、業績悪化の現状において、これまで経営に参加してきた原告が賞与の請求をすることは権利濫用である。

五  争点5(退職金請求権の有無及び額)について

1  原告

(一) 原告には懲戒解雇事由その他退職金不支給事由はない。

(二) 被告の退職金規程によれば、従業員の退職金は、基準内賃金に勤務年数に応じた倍率を乗じ、さらに、課長職について一割の上増し、功労者等について一割の上増しがあることとされている。

原告の基準内賃金は、本給三八万一八〇〇円、役職手当一〇万円及び職務手当三万円を合算した五一万一八〇〇円であり、勤務年数による倍率は二五である。原告は、被告のため四〇年間近く尽力し、最後は営業部長であったので課長と同等の上増し、功労者としての上増しの適用がある。

原告の退職金は次の算式により一五四八万一九五〇円である。

五一万一八〇〇×二五×一・一×一・一=一五四八万一九五〇

2  被告

(一) 原告の従業員としての退職金については、原告の取締役就任に際して支給済みである。

また、被告が懲戒解雇事由として主張する原告の前記各所為は退職金の不支給事由(退職金規程六条一号、四ないし六号)にも該当しているので、原告には取締役兼務期間の従業員部分の退職金請求権も生じない。

(二) 仮に、原告に退職金不支給事由に該当する事実がないとしても

(1) 取締役兼務期間中の退職金計算は従業員退職金規程ではなく、役員退職金規程(<証拠略>)に基づくから、これを原告に適用すれば、原告が役員に在任した昭和四九年三月から退任した平成八年三月までの二二年間の退職金は、七七三万九八四六円が支給の上限となる。

(2) 従業員退職金規程の適用があるとしても、原告の計算式は、次の諸点において誤りである。

ア 基準内賃金に役職手当を合算している点

イ 部長職には適用されない役職計数を乗じている点

ウ 取締役就任時退職金を受領している点

エ 原告の功績を認定していないのに功績倍率を適用している点

六  争点6(未払役員報酬の有無及び額)について

1  原告

被告の内規では、役員については最低でも月一〇万円の役員報酬が支給されることになっている。

原告は、昭和四九年二月末日から平成八年三月まで被告の取締役の地位にあった。取締役退任前一〇年分の役員報酬は一二〇〇万円である。

2  被告

原告主張の内規は存しない。

第三(ママ)当裁判所の判断

一  争点1(本件懲戒解雇の有効性)について

1  証拠(<証拠・人証略>、原告本人、被告代表者)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、正夫らの父吉澤一郎が創立した会社であり、次男和夫は創業時から専務として入社し、その後、三男正夫が昭和三〇年ころ、四男秀夫が昭和三八年ころ、それぞれ入社し、右三名が一郎の後を継ぎ、代表取締役に就任するなどして共同して被告を経営してきた。

昭和四八年ころから和夫が社長を務めていたが、平成元年ころ会長に退き、和夫に代わって正夫が社長に就任した。

平成四年ころ、秀夫は、正夫との軋轢のため、被告の経営から手を引き、被告のコンピューターソフト部門を独立させて別会社としていた株式会社ケイシイエス(同社株式の約四〇パーセントは被告が保有している。)の代表取締役に就任して、同社の経営に専念することとなった。

以後、被告の経営は正夫が中心となって行っていたが、経営方針に対する意見の相違等から、和夫は、正夫の社長解任を企図するようになった。

平成六年一〇月一一日、和夫は、取締役会において、正夫の代表取締役解任を提案し、秀夫及び原告の賛成を得て右解任決議を成立させた。また、同日の取締役会では、秀夫が新たに代表取締役社長に選任された。

これに対し、正夫は、被告株主である長男俊夫(同人は、他企業に就職していたため、それまで被告経営に参加することはなかった。)や姉妹吉澤純子、井上昌子らの支持を得て、平成七年五月ころ、同人らを取締役に就任させるなどして、自らは副社長として代表取締役に復帰した。その際、秀夫も社長を退いて副社長となったため、以後、被告は社長不在となった。

このような中で、平成七年一二月一九日、社長不在状態の解消等を協議するため、吉澤兄弟姉妹らで組織する会議(以下「トップ会議」という。)がもたれ、右会議において、平成八年一月一日からの新体制として、俊夫が会長に、正夫が社長にそれぞれ就任すること、和夫は代表取締役会長を辞任して相談役となること、その代わりに被告商品の販売会社を別に設立してその代表取締役に就任すること、秀夫も任期満了をもって代表取締役を退くことなどが決議された。同日、引き続いて開催された取締役会で右トップ会議の決議が原告らにも報告されて、取締役会での決議事項とされた。

(二) 和夫、秀夫及び原告は、平成七年一二月二〇日ころ、第一営業部(大阪及びその周辺を営業区域とする。)の従業員を事務所付近の飲食店に召集し、被告の取締役会の決定事項であるとして、同部を被告から分離し別会社とすることになったこと、同部の分離独立には正夫が反対しているが、正夫の指示に従う必要はないことなどを告げた。

平成八年一月四日、被告の初出式が行われたが、その際、俊夫から、従業員に対し、会長を俊夫とし、社長を正夫を(ママ)する新体制や和夫が販売部門の新会社を設立することなどが発表された。

正夫は、同日、新体制の発表を受けて、営業の現状把握のため、第一営業部長である原告、同部次長長尾俊作及び同部販売第一課長山﨑尚巳、第二営業部(東京地区を営業区域とする。)の部長沼津良に対し、翌五日に営業会議を開催するので出席するよう指示した。しかるに、これを知った和夫が営業会議への出席を申し出て、正夫が、和夫の出席を拒否するなどしたところ、翌五日、正夫の指示に応じて来たのは第二営業部長のみであった。正夫が原告に欠席理由を問い質したところ、原告は、指示に従うべき上司は第一営業部分離後の新会社代表者に予定されている和夫であり、正夫の指揮命令に従う意図のないこと、営業会議も和夫の指示に従って欠席したことなどを述べた。原告は、自ら営業会議を欠席したほか、部下である長尾に対しても、営業会議への出席を不要として取引先への挨拶回りを指示し、営業会議を欠席させた。山﨑の欠席も和夫の指示によるものであった。

また、正夫は、第一営業部の朝礼に赴いて、新会社設立は第一営業部の分離独立ではないなどを説明しようとしたが、これに対して、原告は、正夫の説明はトップ会議の決議等と異なるなどといって、その説明を妨害するなどした。さらに、そのころ、原告は決裁を求める長尾に対して、直接社長決裁を仰ぐよう指示するなどして、正夫との接触を拒絶するようになった。

このような混乱に対処するため、俊夫は、同月八日、新体制の役員構成とともに、「三月を目標に完全引継ぎを行いますがそれまでは現体制で行う。」等と記載した文書を掲示するなどし、同月一八日、被告社内各部門宛てに、同月一六日のトップ会議で決定した統一見解であるとして、「大阪市場を拡大するためキンググループとして販売会社を設立する。」とのファックスを流すなどした。

ところが、原告は、第一営業部従業員に対し、新会社設立は分社であるなどと説明して、同月二二日、従業員全員(一三名)から退職届を提出させ、同月二三日、その写しを俊夫宛に送付した。

(三) 右のような事態に対し、正夫は、同月二四日、原告に対し、「当面の間、第一営業部長の任を解き、自宅待機して頂くこととする。その間、現在キング商事はどの様にすべきか、その上に立ち自分はどのような役割を果たすべきかを考え、まとめて、文書で社長、会長に提出してください」と記載した文書を発した。

これに対し、原告は、同月二五日、解任理由を明記するよう求め、それまでは通常通り勤務すると通告し、正夫から、重ねて、指示どおり行動するよう求められたにもかかわらず、なお、理由の記載を要求すると応答し、自宅待機の指示を無視して出勤するなどした。

(四) 和夫は、同年二月二日、正夫や俊夫に秘匿したまま、キング商事販売株式会社の設立を登記し、同社代表取締役に就任した。

原告も、被告に知らせることなく、一〇〇万円を出資し(なお、設立当時の資本金額は二〇〇〇万円である)、同社取締役に就任した。

なお、キング商事販売の役員には、原告のみならず、被告を平成七年末で退職したもと総務課長竹中隆太郎、長尾や山﨑も出資して取締役に就任している。

そのころ、キング商事販売は、被告第一営業部が二階に所在する久寿野木ビルの四階を賃借して事務所としていたが、同事務所では第一営業部従業員らを集めてキング商事販売の今後について協議する会合等がもたれるなどしていた。原告は、和夫の指示に従い、長尾ら部下に命じて、被告所有の顧客リスト等を右四階事務所に持込ませたり、あるいは、顧客情報を複写させるなどしたほか、新規顧客を新会社の顧客扱いするよう指示するなどした。

また、同月中に新会社設立の案内状も準備され、原告はその宛名書きにも従事するなどしていた。

右のようなキング商事販売としての諸活動は被告には秘匿され、隠密裏に行われていた。このため、未だ新会社設立を知らない被告は、同年二月五日ころ、原告を新会社設立準備員に命じるなどした。

正夫は、同年二月中旬ころ開催されたトップ会議での発言から、新会社設立を知るとともに、登記簿謄本を取り寄せて原告がその取締役に就任していることを確認した。

被告は、原告に対し、同月二六日、本件懲戒解雇通知を発した。

(五) 本件懲戒解雇がなされた当時の被告就業規則には次の規定がある。

(服務規律)

二〇条 従業員は左の各号の一に該当する行為をしてはならない。

一、会社の命令または許可を受けないで、在籍のまま他の事業に従事したりまたはその他の労務、公職に服すること

三、業務上の機密事項または会社の不利益となる事項を他に漏らすこと

五、業務上の権限を超えまたはこれを濫用して専断的な行為をすること

(懲戒解雇)

六一条 従業員が左の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。ただし、情状によっては出勤停止に止めることがある。

一、第二〇条または第二七条の規定に違反したとき

七、業務命令に不当に反抗し職場の秩序をみだしたとき

2 右認定事実に対して、原告は、平成七年一二月一九日のトップ会議及び取締役会では、和夫の新会社設立が承認されたに留まらず、被告の第一営業部を分離独立させて分社することが決議された旨主張し、本人尋問で右主張に沿う供述をしているほか、原告の本件仮処分審尋での本人尋問の録音テープ反訳速記録(<証拠略>)、磯上作成の右同日の取締役会議事録(<証拠略>)、同取締役会の録音反訳書(<証拠略>)、和夫が平成八年四月二日付で被告関係者に送付した書面(<証拠略>)にも右主張に沿う記載がある。

さらに、被告が、正規のものであると主張して提出している右取締役会議事録(<証拠略>)も、正夫によって加除訂正が加えられているが、訂正前は、「吉澤和夫は代表取締役を辞任し、これに変え大阪営業部をもって販売強化の意味合いの下に会社を設立し代表取締役に就任」との記載があったことが認められる。

これらによれば、右トップ会議や取締役会での協議が、単なる新会社設立の承認ではなく、第一営業部の分離、分社の是非を巡って議論されていたことが窺われる。

しかしながら、正夫は、被告代表者本人尋問において、右トップ会議では和夫の新会社(営業区域を第一営業部と同じくする競業会社)設立を承認したに留まり、第一営業部の分社については、和夫からそのような申出があったものの、これを基本方針とするとの決議まではなされていないと述べて、被(ママ)告主張事実を否定している(同人の本件仮処分審尋での被告代表者尋問の録音テープ反訳速記録にも同旨の記載がある。)ほか、俊夫作成の平成八年六月二六日付書面(<証拠略>)には、新会社設立は第一営業部の分社ではないとの記載があるうえ、俊夫が平成八年一月八日にした社内掲示や同月一八日に流したファックス文書にも、第一営業部の分離や分社の記載は一切存しない。

原告自身も、平成八年の初出式後間もない時期から正夫が朝礼等で分社を否定する発言をしていたことを認めており(原告本人尋問の結果)、正夫が当初から分社方針に反対意思を表明していたことは明らかというべきところ、正夫が平成六年の代表取締役解任後、俊夫らの支持を得て代表取締役に復帰し、さらに、その後、右トップ会議において社長に復帰したという経緯に鑑みると、トップ会議において正夫の強い反対意見を排してまで和夫らの主張が採用された可能性は乏しいものであったと考えられる。

また、仮に、第一営業部の分離、分社が確定的な基本方針として議決されたのだとすると、株主や役員の構成のみならず、従業員の処遇等当然に協議されなければならない重要事項が種々存するにもかかわらず、それらについては、その後もトップ会議その他で何らの協議等がなされた形跡はないし、他方で、和夫や原告らは、未だ、被告から従業員に対し、新体制等が正式に発表される以前から第一営業部従業員を集めて分社方針を吹聴したり、同従業員らに退職届を提出させてとりまとめたり、あるいは正夫や俊夫に秘匿して新会社設立やその営業の準備などを推進したりしていたのであるが、このようにして分社に向けての事実を先行させたり、隠密裏の行動をとらねばならない理由はないはずである。

これらの諸事情を総合すると、右のトップ会議や取締役会では、平成八年以後の役員の新体制及び代表取締役を辞任した和夫の販売部門の新会社設立の承認までが確定的な基本方針として議決されたことは認められるものの、それ以上に、新会社の具体的内容についてまでは未定であり、第一営業部の分離、分社には正夫の強い反対があって、未だ極めて流動的な段階に留まっていたとみるのが相当である。

他に、右認定事実を覆すに足る証拠はない。

3 前記認定事実によって判断する。

(一)  原告は、正夫から出席を指示された平成八年一月五日の経営(ママ)会議に、和夫の指示に従うとの理由で敢えて欠席し、部下である長尾に対してまで欠席を指示し、あまつさえ、右経営(ママ)会議欠席の理由を問い質す正夫に対し、不服従の意思を表明したこと、第一営業部の朝礼において、新会社設立は分社ではないと説明しようとした正夫の訓示を、トップ会議の決議等と異なるなどと言って妨害したこと、社長である正夫との接触を拒否し部下からの決裁をしなくなったこと、正夫はこのような原告の職務態度に対し、自宅待機と報告書の提出を命じたが、原告はこれを無視して出勤したことなどが認められ、これらの行為は明らかに上司の命令に違背し、職場の指揮命令系統を乱すものであり、就業規則六一条七号の業務命令違背の懲戒解雇事由に該当するものというべきである。

(二)  原告は、被告には秘密裏にキング商事販売に出資して取締役に就任しているが、これは、就業規則二〇条一号の服務規律違背であり、懲戒解雇事由にも該当するものであるというべきであり(同六一条一号)、また、原告は、第一営業部従業員全員を新会社へ移籍させるべく、退職届を提出させてこれをとりまとめ、部下に命じて、新会社のために被告の顧客情報等を複写して持出させたり、新規顧客を新会社の顧客として取り扱うよう指示したりしているのである(原告は、これが、顧客情報の盗出しではないなどというが、社長である正夫が強く分社に反対している状況下において、被告が右顧客情報の提供に任意に応じるとは到底考えられないところであり、そうであるからこそ、原告らも被告には秘密裏に顧客情報の複写等を行っているのであって、まさに顧客情報の盗み出し以外の何者(ママ)でもない。)が、これらもまた、就業規則二〇条一、三、五号の服務規律違背であり、懲戒解雇事由にも該当するものであること(同六一条一号)は明らかというべきである。

なお、右の顧客情報複写の事実については、本件懲戒解雇後に判明した事実ではあるが、これは原告が被告第一営業部を競合会社に移転させ、その取締役に就任するという一連の企ての一部であり、告知された懲戒解雇事由と密接に関連する行為として、右懲戒解雇事由と併せ解雇事由となし得るものである。

(三)  原告は、これらについて、分社は被告の決定事項であり、新会社の中核となるべき第一営業部長である原告は、被告の右決定方針に従って行動したに過ぎない等と主張しているのであるが、前記のとおり、第一営業部の分離、分社が基本方針として決議されたとまでは認めがたいところであるし、和夫の新会社設立が承認されていたとはいえ、原告に対し未だ新会社設立のための業務に従事すべき旨の業務命令等が何ら出されていない段階で、第一営業部長の職にあるということから当然に新会社の設立のために行動しなければならないというものではない。まして、新会社の詳細は全く未定であった上、正夫が社長に復帰して被告社内での指揮命令権を掌握し、かたや、和夫は代表取締役から退陣して被告社内での指揮命令権を喪失したのであるから、原告が正夫の指示に反して、和夫の指示に従わねばならない理由はどこにも存しない。

むしろ、原告が、正夫を(ママ)指示を一切無視しながら、被告に隠密裏に新会社の設立手続を推し進め、被告の顧客情報を複写したり、新会社の顧客開拓を図ったりしたのは、かつて和夫らに加担し、正夫の代表取締役解任に参画した原告が、正夫の社長復帰によって危機感を抱き、被告経営陣から排除された和夫らと結託して、第一営業部を分離して、被告の承認しない分社を推進しようと企図したものと推認できるのであって、その背信性は重大なるものがあるというべきである。

(四)  原告は、本件懲戒解雇について、原告に弁明の機会が与えられなかったことをもって手続的な相当性を欠くと主張するところ、確かに、懲戒処分を受ける従業員の防御権保障という見地からすると、当該懲戒処分を有効とするためには、特段の事情がない限り、懲戒事由の事前告知とこれに対する弁明の機会が付与されることが必要と解される。

しかしながら、本件では、原告は、分社が被告の決定事項ではないという社長である正夫の説得を全く聞き入れようとせず、明示に同人の指示に従う意思のないことを表明して、正夫と対立する和夫らとともに、主体的かつ積極的に新会社設立手続を推認(ママ)しようとしていたのであり、分社が実現したときには被告を退社する意図であることは容易に推察されたし(原告自身、その本人尋問において、これを認めている)、分社を阻止しようとして出された自宅待機や報告書提出の命令にも従うことがなかったのであるから、これをそのまま放置することは被告の存続にも関わりかねない重大かつ緊急な事態というべきであった。そして、原告自身は、正夫の意向に反することを承知の上で右業務命令等を無視して分社を推進しているのであるから、これらを理由に懲戒処分を受けることは十分予想できたことであるうえ、右の自宅待機や報告書提出の業務命令によって弁明をする機会は十分に存在した。かかる場合において、被告には、さらに重ねて、原告を召還(ママ)するなどして外形上も明白な弁明の機会を付与しなければならないとするまでの理由は見出しがたいし、仮に、そのような措置を講じたとしても原告の翻意を期待することは困難であるから、右特段の事情があるというべきである。

(五)  以上によれば、本件懲戒解雇は、就業規則所定の懲戒解雇事由を具備し、処分としての内容及び手続の両面において相当性を欠くとは認めがたいから有効というべきである。

そうすると、原被告間の雇用契約は、本件懲戒解雇の意思表示が原告に到達した平成八年三月五日をもって終了しており、原告にはその後の賃金請求権は生ぜず、よって、同年四月分以降の未払賃金の支払を求める原告の請求は理由がない。

二  争点5(退職金請求権の有無及び額)について

1  原告の本件退職金請求は、被告の従業員たる地位に基づき、被告の退職金規程を根拠としてその支払を求めるものであるところ、証拠(<証拠略>)によれば、被告の退職金規定(ママ)六条は、次の一に該当する者には退職金を支給しないとして、次のとおり不支給事由を規定している。

一、懲戒解雇を受ける者

四、退職前後において上長に反抗し、暴言または暴行をなし上長の指示に従わない者、または、著しく社内の秩序を乱せる者

五、社規、社則に違反したる者

六、不正、不都合の所為ありたる者

2 ところで、原告には懲戒解雇を相当とする服務規律違反及び業務命令違反が認められることは前記のとおりであるが、右認定の服務規律違反等は、原告が取締役兼務の第一営業部長という要職にありながら、被告の方針に反し、被告の分社を推進しようとしたものであり、被告の存続にもかかわりかねない重大な非違行為というべきであり、原告がそれまで三五年余りの永きにわたって被告に勤続してきたことを考慮しても、その功を抹消するにたる背信性の強いものであるといわねばならない。そうすると、右服務規律違反等の各所為は右認定の不支給事由四号ないし六号に各該当し、これを理由に懲戒解雇に付されたことは同一号に該当すると解され、原告には退職金請求権はない。

したがって、退職金の支払を求める原告の請求は理由がない。

三 争点6(未払役員報酬の有無及び額)について

原告が、取締役に就任して後も給与名目で毎月定額の支給を受けてきていたことは弁論の全趣旨から明らかであるが、さらに、これ以外に、最低でも月額一〇万円の役員報酬を支給するとの内規の存在を認めるに足る証拠はない(原告自身、その本人尋問において、そのような内規が存在することは知らない旨自認している)。

よって、未払の役員報酬があるとしてその支払を求める原告の請求は理由がない。

四 以上によれば、本件請求はいずれも理由がないので、全部棄却する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 森鍵一)

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